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スッチーだった頃 13

13.観て、驚いて

当時、海外旅行は庶民の手が届くようになったとはいえ、まだまだ高値の花。
若い娘が旅行で行けるようなものではありませんでした。
そんな海外へ、月に何度も行くわけですから、やっぱり恵まれた仕事だったと思います。

クルーに当てがわれたホテルは決して一流ではなかったはずですが、
それでも部屋は日本のホテルのスイートルーム並みの広さで、
大抵Wサイズ位の大きさのベッドが二つあるツインルームでした。
そもそも海外のホテルには、日本のホテルのような狭いシングルルームなんてものが
ないのです。

日本ではまだ旅館が主流でしたから、まず部屋の広さ、そしてベッドの大きさに
驚いたものです。
確かに身体の大きな外国人には、日本のシングルベッドはあまりにも小さい。
シンガポールのホテルは、それこそスイートルームかと思うような
メゾネット式のバカでかい部屋。
「一人で泊まるのがもったいな~い」なんて思っていたら訪問者が・・・

「キャー! ヤモリ~~~」

当時は便数も少なかったので、ヨーロッパでは1週間以上滞在でき、
外泊こそできませんでしたが日帰り観光なら自由でした。
もっとも、あちこち観光したがるのは新人だけでしたけど。

マザーユウキの初フライト、コペンハーゲンでは、パーサーやアシスタントパーサーも
無理やり誘って、観光に連れていってもらいました。
冬のコペンハーゲンの古城は、本当に美しかったです。
有名な『人魚の像』は、海を挟んで見える景色が工場地帯みたいで、
ちょっとがっかりでしたけど。

ジャンボのフィックスメンバーとは、アラスカの氷河、アムステルダムでは
「アンネ・フランクの家」、キューケンホフのチューリップ畑、
ハーグ・スヘベニゲン(スケベニンゲンではありませんよ)の
ミニチュアランド、ベルギー・ブリュッセルの小便小僧など、
ガイドブックに載っているような所も行きました。

でも、一番衝撃的だったのは、当時まだあった『ベルリンの壁』を見に行った時。
壁の向こう、こちらから見える所に、銃を構えた兵士が立っていたのですから。
壁の向こう、すぐそこに見える建物が、まるで海を挟んでいるように遠い。
平和な日本では考えられないことでした。

ベルリンの壁が壊された時は、時の流れと時代の変化をつくづく感じたものです。


succhi3.jpg
ちょうど門のようになっているところから、向こうの建物が見えます。銃を構えた兵士が見えていた写真もあったのですが、何かで使ったのか見当たりませんでした。
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プロフィール

平川裕貴

Author:平川裕貴
幼児教育研究家、キッズマナーコンサルタント、マナー講師、著述家、コラムライター、英語スクール経営者

出版物
『歌で覚える英会話 キッズソング1~3』(販売終了)
『グローバル社会に生きる子どものための-6歳までに身に付けさせたい-しつけと習慣』(アマゾンにて販売中)
『5歳でも間に合う!わが子をバイリンガルにする方法』(彩図社)全国の書店・ネットショップで好評販売中

ママ向けサイト『ハピママ』『KIDSNA』『IT Mama』で、しつけや英語に関するコラム記事執筆

英語学習者向けサイト『Cheer up English』で子育て英語記事執筆


元日本航空CA,外資系英語スクールマネージャーを経て、1988年外国人講師による子どものための英語スクール『リリパット』を設立。
一時関西に英会話教室30教室以上を展開するが、阪神淡路大震災で被災し、規模縮小を余儀なくされる。
長年欧米文化に触れてきた経験と、震災後の長く苦しい体験から得た知恵も生かし、子ども達の長い人生を見据えた幼児教育に取り組み、現在3歳から6歳を対象とした『リトル・キンダー』という幼稚園型スクールを開校。
日々小さな子ども達に囲まれて、時には笑い転げ、時には雷を落とし、賑やかに楽しく過ごしています。

第2の人生の目標として、得てきた知恵や知識を伝えるべく、本業のスクール経営の傍ら執筆活動を開始しています。

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