コンテントヘッダー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
コンテントヘッダー

スッチーだった頃 12

12.ジャンボのフィックスクルー

当時の日本航空はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、ジャンボジェット機が
どんどん導入され、アメリカ便や北周りヨーロッパは団体旅行客も増えて
ジャンボジェットはいつも満席になっていました。
当時はまだ農業も全盛でしたから、羽ぶりの良い農協の団体もたくさんいましたねえ。

実はモックアップではなく、初めて本当のジャンボジェットに乗り込んだ時の
マザーユウキ、心の中で叫びましたよ。

「ひえー、こんなに大きいの? 本当にこれが飛ぶの?!!!」

なにせ、前から後ろまで全長68,5m、通路が二つあって、
客室部分だけでも50m以上。
50m走ができる長さなんてね。
しかも前部分は2階建て、2階はコックピット(操縦室)と
ファーストクラス専用のラウンジになっていました。

これだけでかいジャンボジェットですから、乗務するクルーの人数もDC8の倍以上。

チーフパーサー1名、パーサー2名(ファーストクラス担当とエコノミークラス担当)、
アシスタントパーサー2名、そしてスチュワードまたはスチュワーデスが
各コンパートメントに一人ずつで6~8名(正確な人数忘れちゃいました)
というチーム編成。
それにパイロットの3名が加わりますから、ちょっとした団体客並みの人数。

基本的にフライトのクルー編成は、毎回変わるのですが、ジャンボジェットは
半数のクルーが3カ月間一緒にフライトしました。
それはフィックスと呼ばれ、チーフパーサー、パーサー、アシスタントパーサー、
そしてスチュワーデス4名の編成。そのメンバーに毎回違ったクルーが
約半数参加してくるのです。

嬉しいことに、フィックスクルーになったマザーユウキは、
先輩スチュワーデス2名が同期生、マザーユウキと同期の2名
という組み合わせで飛ぶことができました。
ステイ先で同期2人づつの4人で、観光したりサイクリングをしたり、
買い物に行ったり、アムステルダムやハンブルグやアラスカで撮った写真が
残っています。
本当に楽しいステイでした。

その時は、その後起こる大きな悲劇を予想だにできませんでした。


jal3.jpg
ベルギーのブリュッセルで、左から先輩Mさん、マザーユウキ、同期Fさん、先輩Tさん。ヨーロッパは歴史を感じさせる建物がいっぱいです。
スポンサーサイト
コンテントヘッダー

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

平川裕貴

Author:平川裕貴
幼児教育研究家、キッズマナーコンサルタント、マナー講師、著述家、コラムライター、英語スクール経営者

出版物
『歌で覚える英会話 キッズソング1~3』(販売終了)
『グローバル社会に生きる子どものための-6歳までに身に付けさせたい-しつけと習慣』(アマゾンにて販売中)
『5歳でも間に合う!わが子をバイリンガルにする方法』(彩図社)全国の書店・ネットショップで好評販売中

ママ向けサイト『ハピママ』『KIDSNA』『IT Mama』で、しつけや英語に関するコラム記事執筆

英語学習者向けサイト『Cheer up English』で子育て英語記事執筆


元日本航空CA,外資系英語スクールマネージャーを経て、1988年外国人講師による子どものための英語スクール『リリパット』を設立。
一時関西に英会話教室30教室以上を展開するが、阪神淡路大震災で被災し、規模縮小を余儀なくされる。
長年欧米文化に触れてきた経験と、震災後の長く苦しい体験から得た知恵も生かし、子ども達の長い人生を見据えた幼児教育に取り組み、現在3歳から6歳を対象とした『リトル・キンダー』という幼稚園型スクールを開校。
日々小さな子ども達に囲まれて、時には笑い転げ、時には雷を落とし、賑やかに楽しく過ごしています。

第2の人生の目標として、得てきた知恵や知識を伝えるべく、本業のスクール経営の傍ら執筆活動を開始しています。

最新記事
カテゴリ
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。