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西洋医学と東洋医学

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小林麻央さんの癌闘病、そして悲しい結末に、涙した人も多かったようですね。




私の父も、癌で亡くなりました。もっとも十分長生きしましたが。



87歳で胃がんが見つかった時は、末期ですぐ入院と言われ、1か月後に亡くなりました。



でも、入院するまで父は、認知症の母を看ながら、「あまり食べられないんや」と言いながらも普通に生活をしていました。



癌の末期と言われて、本人が一番驚いたかもしれません。



それほど、自覚症状がなかったのです。



私自身、あのまま入院せずに生活していた方が、もっと元気に長生きできたのではないかと、考えることがあります。




だからと言って、抗がん剤や手術を否定するわけではありません。


父の場合は、年齢的なことや、癌の進行状態から、手術は無理だろうとのことで、抗がん剤治療になったのですが、もし、手術が可能な状態なら、手術に踏み切ったと思います。




西洋医学は部分的な症状に得意な医学です。



そして、西洋医学の最たる恩恵が手術ではないでしょうか。




実際私も、人工股関節の置換術をしています。



左股関節の軟骨がすり減って、普通に歩くことが困難になった時、私は迷うことなく、手術を選びました。



壊れてしまった部品は取り換えるしか手がないからです。






癌もしかり。



ある部分ががん細胞に変異してしまったなら、そしてそれが確実ならば、その部分を切り取ってしまうのが、一番安心な方法です。



できるだけ早く、転移する隙を与えないうちに切り取ってもらうこと。



たとえそれが乳房であっても子宮であっても。



だって、命の方が大切でしょう?



せっかく、西洋医学の優れた医術があるのですから。





でも一方、私は身体全体をトータルでみるという東洋医学の考え方も好きですし、恩恵も受けています。



若い頃から生理痛がとてもきつかった私は、指圧や針のお世話になりましたし、今も肩や首が凝ると指圧マッサージに行きます。



東洋医学では、部分的な病変を手術のように短期間で直すというのは無理ですし、何にしても即効性は期待できませんが、副作用もありませんから安心です。




西洋医学だと、胃腸科は胃腸の病気を治すことに特化しますから、その副作用として別の臓器に影響があるとしても、極端に言えば知ったこっちゃないのです。



胃腸が治れば治療は成功したと言えるのですから。



ですから、患者の立場になったなら、西洋医学の得意分野と東洋医学の得意分野をよく知り、その両方をうまく取り入れていくというのが、一番いい方法ではないかと思います。



海老蔵さんが麻央さんのために取り入れたという酵素ぶろや針治療なども、病変部分を切り取った後なら、回復の大きな手助けになったかもしれません。





西洋医学と東洋医学のどちらかが絶対的に優れているということはありませんし、どちらにも得意不得意があります。



教育同様、医療も、西洋と東洋のいいところを取り入れて、バランスの良い治療をするのが、理想かなと思ったりしています。

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喪失感


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小林麻央さんが亡くなって初めて、麻央さんのブログを読みました。

存命中は、どんなにポジティブなことが書いてあっても、麻央さんやご家族の心中を察すると、辛くて読めませんでした。




ただ、彼女の病状やブログ内容は、ネットニュースで度々流れていましたから、それはしっかり見ていました。 






麻央さんのブログを読んだ夜は、眠れませんでした。




ところどころに、かなり控えめではあったけれど、後悔の念をつづった箇所がありました。

あの時ああしていれば、あの時ああしなければ、そんな思いに、どれだけさいなまれたことでしょう。

いくら悔やんでも、もう引き返すことのできない残酷な現実に、どれだけ人知れず泣いたことでしょう。




笑顔でカメラに向き合う麻央さんの美しい顔は、一層痛々しく、裏に隠された絶望と悲しみを必死で打ち消しているようにも感じられました。








正直言うと、私自身は、アナウンサーとして活躍していた頃の麻央さんをほとんど知りません。

歌舞伎俳優市川海老蔵さんとの結婚で、その名を知ったくらいです。

むしろ意識しだしたのは、麻央さんがステージ4の癌で闘病中というニュースを聞いてからなのです。 



麻央さんのお子さんが、ちょうど私のスクールの子ども達と同年代の幼稚園児だったことで親近感もありましたし、梨園の妻として幸せな人生を送っているとばかり思われていた麻央さんが、病床に伏していたことにも驚いたからです。





ただ、最初のニュースで、麻央さんの癌がステージ4まで進行してしまっていたことには、純粋に「なぜ?」という疑問を持ちました。

 

そして、人間ドッグでせっかく見つかった癌が、見逃されてしまったという彼女のブログ内容をニュースで知り、悶々とした気分になっていました。




「あの時すぐにはっきりした診断が下っていたら・・・」






おそらくこの思いは、外に出されることはないでしょうが、麻央さんのご家族にも一生打ち消すことのできない思いだと思います。

まったくの部外者である私でさえ、その思いを消せないからです。






その後は、ご本人達にしかわからないいろいろな経緯があってのことでしょう。

手術をしないという方針が良かったのか悪かったのかは、誰にも分りません。

手術をしていても転移していたかもしれませんし、手術しなければよかったと後悔していたかもしれません。




癌の治療法については、麻央さんがご家族と話し合って決めたということなので、とやかく言うべきではないでしょうね。

どんな方法を取っても、まったく後悔のない選択などないですし、結局どこかで折り合いをつけるだけですから。








麻央さんのブログを読んで、麻央さんが、絶望の淵から立ち上がり、自分の運命を受け入れ、さらに、自分に与えられた役割に気付くところまで昇華していった過程を見た気がしました。




麻央さんの死は、医者、患者、母、主婦、夫、そして今は健康だと思っている人々など、あらゆる立場の人達に、それぞれ胸に迫る何らかの思いを抱かせたのではないでしょうか?





麻央さんの役割の大きさは、ご家族だけでなく、私のような部外者にまで、大きな喪失感を味合わせるほどのものでした。




海老蔵さんやご家族の喪失感の大きさは、想像だにできません。






これからが、本当に寂しく辛い日々だと思います。

歌舞伎俳優とパパママという、投げ出すことのできない大きなお仕事が、きっと海老蔵さんの救いになると思います。





大きな役割を持って生まれそして逝った小林麻央さんのご冥福と、市川海老蔵さんの今後のご活躍をお祈りしたいと思います。
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『無念』 小林麻央さんの死に思う

長い間、頑張っていた小林麻央さんの死が伝えられました。


お子さんの年齢からも、私のスクールのお母さん達と同年代。


辛くてブログは見られませんでしたが、陰ながら応援していたので、とても残念です。



最初に麻央さんの癌の報道を聞いた時、まず頭に浮かんだのは『無念』という思いです。


彼女は立場上とても控えめに書いたのだと思いますが、せっかく検診で見つかっていたのに、それを一笑にふしたお医者さんがいたこと。


さらに、乳房のマッサージをしてもらっていた人にも、大丈夫と言われたこと。



これなら、私でも、安心してしまうでしょう。


しかも、梨園の妻としての務めや、子育てに追われていたらなおさらです。




ただ、家族なら、あの時しっかり調べてくれていたらと、お医者さんを責めたくなります。


たとえ、口に出すことはなくても、その気持ちは一生持ち続けるでしょう。


もちろん、最終的には自己責任なのでしょう。


お医者さんだからって、病気のすべてがわかるはずはないですし。




今回のことは、麻央さんが有名人だから、公になってしまったことですから、麻央さんを最初に診た先生もアンラッキーだったかもしれません。


検診で影があったりしても、そのほとんどはなんでもないのかもしれませんし、芸能界で華やかに生き、梨園の妻となった女性が、癌などになるはずはないだろうと考えても不思議ではありませんから。



麻央さんはブログを書くことで、患者としての在り方と、医者としての在り方を考えさせてくれたのだと思います。


ご冥福をお祈りします。



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20年前の今日

20年前の今日、人生が一変した日。


神戸に地震なんて、誰一人想像だにしていなかったと思います。

ドドーと突き上げる揺れに、死を覚悟しました。

倒れたタンス、食器や本が散乱する中で、奇跡的に怪我ひとつなかった私と夫。

夫は、割れた食器の上をはだしで歩いたにも関わらず・・・


震災当日の、いまだかつて見たことのない光景が、目に焼き付いています。

たくさんの方が亡くなり、その一つ一つのストーリーに、今でも胸が痛みます。


その後の20年は、被災した多くの人にとって、辛く苦しい日々だったと思います。

私もその一人です。

ようやく立ち直れたなと感じたのは、この4,5年。

それでも、震災前の生活にはもう戻れません。


ただ、長く苦しい日々を乗り越えたお蔭で強くなれました。

少々のことは苦労と思わなくなりました。

生きているだけで、「もうけもの」ですから。


どんな試練も乗り越えられます。

試練は乗り越えるためにあるのです。 

何があっても負けないで頑張りましょう!
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認知症 試してみて

先日、You Tube で見つけた、認知症患者に音楽を聞かせたら驚くべき効果があったという動画です。
『認知症 思い出の曲ありますか?』

これを見て、認知症の母にも試してみました。

老人ホームに入っている母ですが、今肺炎を起こして入院しています。

老人ホームにいる時から、もう私や妹のこともわからない、ほとんど目を覚ますこともない状態だったのですが、なぜか
肺炎で緊急入院した病院では、しっかりしているように見えました。
薬が合ったのかしら?

で、母が昔聞いていただろう曲や、家族4人で過ごしていた頃に流行っていた曲を、スマホで聞かせました。

そうしたら、結構しっかり目を開け、身体を動かそうとし、「うー」と声も発しました。 

そして、何か考えているような素振りも。

実際のところ、母の脳の中がどうなっているのかはわかりませんけど、なんだか意思の疎通が図れたような気になりました。


もし、皆さんのご家族の中にも認知症や植物状態になっている方がおられたら、「好きな音楽を聞かせる」というのを試してみてください。 
もちろん、そんな劇的な効果は滅多にないでしょうが、ダメ元でぜひ。

音楽の力ってすごいと思います。

音楽は思い出と連動しています。楽しかった頃の思い出が蘇るかもしれません。



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応援よろしくお願いします。

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『グローバル社会に生きる子どものための-6歳までに身に付けさたい-しつけと習慣』
こちらもお陰様で好評です。応援ありがとうございます。
プロフィール

平川裕貴

Author:平川裕貴
幼児教育研究家、キッズマナーコンサルタント、マナー講師、著述家、コラムライター、英語スクール経営者

出版物
『歌で覚える英会話 キッズソング1~3』(販売終了)
『グローバル社会に生きる子どものための-6歳までに身に付けさせたい-しつけと習慣』(アマゾンにて販売中)
『5歳でも間に合う!わが子をバイリンガルにする方法』(彩図社)全国の書店・ネットショップで好評販売中

ママ向けサイト『ハピママ』『KIDSNA』『IT Mama』で、しつけや英語に関するコラム記事執筆

英語学習者向けサイト『Cheer up English』で子育て英語記事執筆


元日本航空CA,外資系英語スクールマネージャーを経て、1988年外国人講師による子どものための英語スクール『リリパット』を設立。
一時関西に英会話教室30教室以上を展開するが、阪神淡路大震災で被災し、規模縮小を余儀なくされる。
長年欧米文化に触れてきた経験と、震災後の長く苦しい体験から得た知恵も生かし、子ども達の長い人生を見据えた幼児教育に取り組み、現在3歳から6歳を対象とした『リトル・キンダー』という幼稚園型スクールを開校。
日々小さな子ども達に囲まれて、時には笑い転げ、時には雷を落とし、賑やかに楽しく過ごしています。

第2の人生の目標として、得てきた知恵や知識を伝えるべく、本業のスクール経営の傍ら執筆活動を開始しています。

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